ノート:切韻

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●亡佚したのではなく、増広訂補されていたのであり、唐韻にしても宋の広韻にしても、そのなかに、切韻が含まれていることにかわりはない。 (「韻目下注」と呼ばれる部分は、やはり早くに亡佚したのかもしれないが…) ●上田正氏を舉げてあることは正しいが、その據る處の姜亮夫氏をどう文章に盛り込むべきか? --伊藤祥司会話2014年5月15日 (木) 14:08 (UTC)[返信]

長孫訥言[編集]

1.「ちょうそんなごん」となってゐますが、 「ちょうそんとつげん」とすべきと思います。 「なごん」は訥言そのものの読みよりは、 納言からの連想であり、このままだと滑稽です。 早急に訂正を願いたいと思います。 2.「神戸の上田正・台南の李永富」として あったものを、出身地を削ったのは、こういった 古典研究者についての記述については寧ろ 無駄であり迂遠化です。例えば金壇の段氏といえば 段玉裁であるように、それは望ましい表現だったのです。 --126.76.124.53 2014年8月24日 (日) 14:39 (UTC)[返信]

卞永譽 [編集]

ここでの卞氏の名は栄誉賞の榮譽ではなく、 わたくしの記憶が正しければ卞永譽である。 一度見直して、修正されたい。 --126.76.124.53 2014年9月29日 (月) 13:20 (UTC)[返信]

敦煌・トルファン[編集]

「敦煌・トルファン」と二三回出てきますが、 普通に考えて、敦煌=トルファンだと思います。 どちらかにするのではなく、「=」を挾むとか、 敦煌かトルファンかどちらかを「( )」に入れるとか、 方策を立ててみてほしいです。 --126.76.124.53 2014年10月27日 (月) 10:44 (UTC)[返信]

敦煌とトルファンはまったく別の場所ですが... --Pekanpe会話2015年8月7日 (金) 00:30 (UTC)[返信]

そうみたいですね。すみませんでした。 --伊藤祥司会話2019年5月25日 (土) 13:13 (UTC)[返信]

欠はケムで、缺はケツであるということから韵書の題名が不自然に見えるので修正を乞いたいです[編集]

欠はケム・缺はケツが、正式な字の区別なので、書名の一部分を刋謬補缺にしてほしいです。 こういうことは、專門の間では当然の欲求なのではないでしょうか? --伊藤祥司会話2019年7月29日 (月) 16:00 (UTC)[返信]

万迪軍の近著の追加をしてはどうかということについて[編集]

万迪軍『唐五代寫本韻書中的《切韻》原貌研究』武漢大學出版社2019.11 ISBN 978-7-307-21218-3 という本が出ているけれども、私はよく読み込めてませんので、 しばらく可否を論じれません。 なおその追加のばあいに、別に むかしの 『十韵彙編』や 葉鍵得『十韻彙編研究』上・下 も、共せて追加したほうがいいと思われますが、どうでしょうか? --伊藤祥司会話2021年8月14日 (土) 15:34 (UTC)[返信]

切韻序のついた韻書?[編集]

文帝仁寿元年(601年)の序がある、陸法言によって作られた韻書。」

範囲指定として不適切であるという感じがするが、それは切韻序の付いた韻書がどこまでくだるか、ということを確認して書いてないからではないかと思う。例えば、『五音集韻』にもそれは有る。

--伊藤祥司会話2022年10月25日 (火) 10:35 (UTC)[返信]