ノート:木村元

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。

出典要求に対して[編集]

出典出来ませんので下記↓
★「死亡に関する情報提示
★存命中の人物への書き込み
★写真に関して
★所属事務所に関して
これら理由によりかなり削除しましたが未だ独自研究である事や出展が無い事を示されたままですので本日木村元の中途半端な来歴・人物をすべて削除させていただきました。何に対して独自研究なのか? 何に対して出典要求されているのか? 対象になる文章がありませんので早めの表示の削除をしてください。--Sigure77会話2021年4月18日 (日) 05:35 (UTC)[返信]

死去に関する情報提示[編集]

死没に関する情報が全く提示しておらず、信頼できるソースもないため、検証のしようがありません。要出典としましたが、出典を明示していただくようお願いします。--MASA KUROFUNE会話) 2021年3月28日 (日) 15:50 (UTC--Sigure77会話2021年4月5日 (月) 14:28 (UTC)[返信]

出典は誰も出来ないと思います。木村元の先妻は昭和49年に他界しており、私が遺族でただ一人。木村元の長女で新聞5社に訃報を断られたからです。父の死亡を知った上でそれを公表できるのは私だけです。 父が所属していた最後の事務所で(オフィスマインド)は代表であるマネージャー(二度目の妻で父の役者人生に大きな影響を与えた人物)が10年前に他界しており、事務所は閉じ事実上父は引退でした。代金を支払って訃報を出したとしたら父のプライドが許さないだろうと思いました。 父の訃報を出せないのなら、コチラに書き込もうと思い立っての事でしたが、下げました。これで父はこのウィキぺディアの中だけでずっと永遠に生き続けるものと思う事にします。 他に事実と違う事が記載されていますが、それも出典が無ければ書き換えられないのでしょうね。遺族として不本意ですが、それも下げました。 あと、私が木村元の長女である事もここでは出典できませんので認められないのでしょう。但し私の手元には父西尾芳巳の除籍謄本も私の戸籍謄本もあります。此処では認められなくとも法律的には私は娘です。私のブログでは訃報を公表しておりますが、こちらではブログは出典とはみなされず、独自研究扱いです。 因って、こちらでは父をずっと生きさせる事にした以上、存命中の疑わしい情報は逆に削除してくださいね。木村元、高齢の為、私が代筆いたしました。という事で結構です。。↓に編集させていただきました。西尾環。--Sigure77会話) 2021年4月5日 (月) 02:11 (UTC)--Sigure77会話2021年4月5日 (月) 02:16 (UTC)[返信]

本日一部削除しました。--Sigure77会話2021年4月7日 (水) 06:53 (UTC)[返信]

お返事が遅れ申し訳ありません。まず、Wikipedia自体が匿名性があるものなので、いくら貴方が主張されても当該記事のご親族であるということが現状では小生を含めて確認はできず、一個人のブログだけを出典という形で出されても検証のしようがないというのが事実です。信頼性のある第三者が書かれたものを典拠としてお出しいただけるのであればともかくとして、この状態では記事を検証をすることは難しいかと思います。記事は小生、貴殿以外にも複数の他の方も執筆されておりますし、小生のみに言及されても当方が困惑しております。
「新聞5社に訃報を断られたから」と仰られておりますが、貴殿の父上のように生前のご活動が顕著で一定のステータスがあった方であれば、すべての新聞社で訃報の掲載を断られるということもないと小生は思うのですが、いかがでしょうか。Wikipediaに書かれるよりも死去の事実を公益性のあるメディアで取り上げていただくことが先決なのではないかと思います。Wikipediaの執筆に関してはWikipedia:独自研究は載せないWikipedia:検証可能性Wikipedia:信頼できる情報源#自己公表された情報源などを一度ご査読いただければ幸いです。何卒ご理解ください(今後は当方のノートページに記載せず、記事全体に関わる問題であるのでこのページをお使いくださいませ)。--MASA KUROFUNE会話2021年4月18日 (日) 06:25 (UTC)[返信]

まず、ブログに書いたのは出典のためではありません。ブログに出典のリンクを貼った事もありません。誤解なきように。。 ブログを書くのは私の自由です。それをさも出展しようとしたかのように言われる筋合いはありません。 木村元の肖像権は私にもありますから、父の写真を載せて記事を書いて故人をしのんだ。。という事だけです。 逆に肖像権のない人は勝手に写真を載せられない筈です。しかし、それで証明しようとは思っていません。 独自研究で大いに結構です。検証してもらおうとは思っていません。出典が無ければ書いてはダメだという事をよく知りもせず書いたが、それを知ってすべて削除した。という事です。そのうえで出展できない理由をノートに書いている訳です。私は嘘の訃報を書いたりする事はありませんが、嘘ではない事を証明できないから下げたのです。今後サイトも上げようかと思っていますが、それも私が代表になりますので検証してもらうつもりは全くありません。

あなたは芸能界の事をわかってらっしゃらないのかしら。。 新聞5社に断られたのは事実です。父は事実上10年仕事をしていない。例えばこれが現在でも存在する東映等の役者だった過去があれば別でしょう。例えば、父が日配連などに登録していたら違います。個人事務所であってもマネージャーが居れば他に役者を抱えていなくても違ったと思います。大手事務所の所属中の死亡であればそれも又違っていたと思います。現在どこの事務所にも属さずマネージャーも既に他界。事務所は事実上閉鎖。という事は芸能界では父クラスの役者はただの人扱いです。 父は稀な役者です。。代表作と言うものが無い。CM出演も無い。ほとんどの役者は一時代そこそこのポジションでもどこかで仕事切れを起こしたり、時代について行けなかったりして消えていく人も多々います。例えばスターであってもあっという間に消える人は消える。代表作も無く、賞を取った事も無くそれでも仕事としてじりじりとポジションを上げていった稀な役者ですが、逆を言えば顔を見れば役者だと分かるのに名前だけではドラマや時代劇のコアなファンでない限り知らない役者。。。というのが現実です。 現在、10年仕事をしていないという事は父の顔を見て30代以下の人は「誰?この人。」これも現実です。 父よりランク下の役者で顔も分からないような人でも、事務所の力だったり、属する団体だったり、過去に何かコレといった代表作があったりすれば訃報は出してくれるのだと思います。そういった意味で父はすべてにおいて中途半端だったという事になります。

5社に断られた経緯は朝日は問い合わせて返事が無いのでもう一度電話しましたが、電話が無いという事が答えでは無いでしょうか?と別の方に言われました。 毎日新聞は最初から期待できるとは限らないです。とおっしゃって丁寧な対応でしたが、折り返しの電話に私が出られず、更に折り返したのですが、断られました。 読売新聞は丁寧なお返事で断りのメールでいただいております。フジサンケイは返事が無ければそれが答えですと言われました。東京新聞は返事が無いので諦めました。 新聞社TV局の判断も同じだと思っています。 プライベートな事情は此処には書きませんが、それにばかり関わっても居られないと言う現実もあります。 だから来歴。人物すべてにおいて独自研究、出典無しと指摘が消えていませんので全部を削除しました。

私にどうこうしろ(出典を出せ。)と言われても私があきらめたのだから出典はありません。娘だと認めてくれなくてもいいですよ。戸籍と言うもがあっても出典が無ければ認めない。そもそもそこに無理があるのでは?プライベートを表に出さない役者の親族はみんな赤の他人扱い?でもそれがルールならそれで結構です。それに異論は唱えていません。しかし、ウィキペディアのルールが通らない場合があります。名誉棄損です。日本は法治国家です。私が遺族でないというのならそれで結構ですが、法的には遺族となります。訃報は諦めた。。すなわち存命中の人物という事になります。此処に署名するとしたら?木村元ということになります。 Wikipedia:存命人物の伝記によれば、

 記事は「正確な」ものでなければいけません。と書かれています。

だから全部削除しました。今後、ずっと。。父は生きたままです。ウィキペディアの中だけでね。100になっても200になっても死なない。。逆に面白いじゃないですか。。「ずっと生き続ける。」素晴らしい事です。署名木村元代理人西尾環--Sigure77会話2021年4月18日 (日) 21:54 (UTC)[返信]

存命中の人物への書き込み[編集]

死亡に関する情報は削除いたしましたので、存命中の人物への違った情報は削除してください。 出典が必ずしも正しい情報とは限りません。 プロとしてやっていたテニスの仕事を特技と表現されるのは心外です。出典と言う形はとれませんが、証拠はもっております。法的には本人が不本意な形での書き方、テニスが趣味であるかのような表現はやめていただきたい。父はどちらも本業と言っておりました。 「1つの仕事は1つの力で出来る。2つの仕事をするためには3つも4つも力が居る。どちらも本業だ。」というのが口癖で口癖だけでなくその後2つの仕事をこなす存在として、日本生産性本部の講師として派遣されていた際も言っていた筈です。勿論出典などありませんが。。かなり痛い目にあいながらもテニスの仕事もこなし、出演作品の年数を見ていただければお分かりのとおり、俳優業もし続けながら、当時のスタープレーヤーと肩を並べてカワサキラケットの契約プロ(アドバイザリープロスタッフ)になっております。京王プラザでの就任式の時はうれしそうだったのを今も覚えております。勿論出典はございませんから書きませんが、コチラも証拠がございます。特技という表現は削除願います。 大映に関して。。 大映がつぶれてから東京へ出たのでは遅い。つぶれるかもしれないと言う情報を知った父が早めに行動をした事が事実です。という事で父はつぶれる前の数年前に東京に出て事務所(現在は有名な事務所ですが、過去のタレントを公表されておりません。此処の所属期間は長い方です。)を決めて倒産するより前に東京での活動を始めています。この時の父は並々ならぬ努力をしている様を私もみておりますし、出典出来る証拠はございませんが、他に証拠はございます。いい加減な情報は困ります。つぶれてから活動を東京に変えたような表現はやめてください。 「時代劇や刑事ドラマの悪人役をメインとした。」とありますが、役者人生の中では善人役の方が長いですし、ギャランティもタイトルクレジットも善人役の方が良かったです。レギュラーも善人役でとっていた父です。出演作品を年表で見ても分かる筈です。古い情報だけではイメージが変わってしまいますので、困ります。(ウィキペディア的には本人、高齢の為)(事実としては故人の遺志を尊重して)出典無き書き換えが無理ならば、削除を願います。尚、一定期間を置いて削除していただけない場合は私が法的に父の権利を有する者として削除いたします。木村元(西尾芳巳)長女、西尾環--Sigure77会話2021年4月5日 (月) 14:31 (UTC)[返信]

アイフル大作戦39話に関してはそもそもそこに書かれていた検証不能な雑多な箇条書きが原因で木村元のエピソードに繋がったのかと思われましたので両か所本日削除いたしました。西尾環--Sigure77会話2021年4月5日 (月) 22:47 (UTC)[返信]

本日来歴・人物に関して不適切か所を削除いたしました。--Sigure77会話2021年4月7日 (水) 06:54 (UTC)[返信]

写真に関して[編集]

写真はどうしましょうか?出典されている写真ではなくプライベートな写真を選んでいます。おそらく出典が書き込める写真はテレビ局に版権があると思います。そのような写真も我が家には多数ありますが、父に肖像権はあっても写真掲載の権利はテレビ局にあると認識していますのでどこかに出典されている写真も我が家にはありますが、それを乗せる訳にはいかないのでプライベート写真を載せました。でも、顔が木村元ですよね。。当然本人なのですから。。この写真の権利はウィキペディア的には父にありますが、しかし法的には私にあります。これは問題ありなのでしょうか?ありでしたら?下げますが、下げた際、今後は不適切写真掲載の予防として一切写真の掲載は拒否いたします。ご回答願います。木村元長女西尾環--Sigure77会話) 2021年4月5日 (月) 09:00 (UTC)--Sigure77会話2021年4月5日 (月) 13:19 (UTC)[返信]

引き続きお返事をお待ちしております。--Sigure77会話2021年4月7日 (水) 06:55 (UTC)[返信]

所属事務所に関して[編集]

関西時代の父の所属は新国劇、大映株式会社。これに間違いはなく、そのままで結構ですが、東京での所属事務所に関して不完全な形での掲載は望んでおりません。 特に父の役者人生を決定づけるマネージャーと共に所属していた大手事務所などは出典がはっきりせず、又マネージャーが立ち上げた事務所「オフィスマインド」は現在存続せず、過去に出典出来る材料が無い為掲載出来ない中、又、出典材料があったとしても私が書き加える事は独自研究となる為、加筆は出来ません。古い悪役時代の事務所の一部だけの掲載は望んでおりませんので、父木村元の人権の継承者として削除を願います。これも一定期間ののち、削除されない場合、私が削除いたします。木村元(西尾芳巳)長女西尾環--Sigure77会話2021年4月7日 (水) 04:17 (UTC)[返信]

本日削除しました--Sigure77会話2021年4月9日 (金) 13:26 (UTC)[返信]

出典について[編集]

Wikipedia:独自研究は載せない#一次資料と二次資料では、基本的には二次資料を出典としなければならないと書かれてはいますが、一次資料は注意深く使えば出典とすることができます。とも書かれてあり、田辺宏章の訃報に関しては甥の方のツイートのみの出典で成立したことを鑑みれば、こちらは長女様のブログのみでも同じく出典になると解釈をし、訃報等の記述を致しましたことを、ご報告しておきます。--オズワルド会話2023年7月25日 (火) 04:15 (UTC)[返信]

私としては一番避けたいのはトラブルです。このように二転三転するのなら、何故?私が書いたことは消さねばならなかったのでしょう。
私のブログは↑の方でも記している通り、ここに出展するために書いているわけではありません。出展元とされることは許可しませんから削除してください。訃報に関しても同じです。一定期間設けますが、削除されない場合、出展元が私のブログとなっている部分は私が削除します。
私と父との家族関係は複雑です。このままでは自由にブログを書くことができませんので。。--Sigure77会話2023年10月4日 (水) 22:32 (UTC)[返信]
初めまして。
亡くなられた日にちについては、まいりというサイトに記載されており、出典になりえると判断し変更させて頂きました。
その他は出典無しの記述となりますが、Sigure77様のブログへのリンクは、全て削除させて頂きました。--オズワルド会話2023年10月6日 (金) 16:43 (UTC)[返信]
オズワルドさん
私がいくら親族であると主張してもネットでは出展なき親族は認められない。。いわば、私が嘘の情報を書いたというだけでなくなりすましだと指摘されたも同然なわけです。
そこで、私としてはウィキペディアそのものに魅力を感じなくなったわけです。身内を亡くして、心穏やかでない時期に一個人でお前は無関係だろと言われたらどんな気持ちになると思いますか?
もし、オズワルドさんのおっしゃるように親族のブログであれば出展元として認められるというのであれば、その内容を親族がここに書いた場合ではないでしょうかね。オズワルドさんが私のブログを見て、出展のリンクを外しても、その情報をどこから?となった場合、オズワルドさんの独自研究でしかないと思いますよ。私のブログで知りえた内容ごと削除しないと意味がありません。訃報は「まいり」を出展とありますが、誰が「まいり」に情報をだしたのでしょうか?ここに書いておきますが、私ではありません。
父に関しての正しい情報は私のブログでしかない。けれど、私は私のブログ及びフェイスブック以外に情報は公表しておりません。
出展元を拒否するという事はその内容ごと書き込まないでください。という事です。特にウィキペディアには。。。
それと死因に「まいり」のリンクを貼っておられますが、それもおかしなことですね。内容ごとすべて削除願います。--Sigure77会話2023年10月6日 (金) 20:09 (UTC)[返信]
MASA KUROFUNEさんとのやり取りに関しては私はうかがい知れないこともあり、ノーコメントで失礼させて頂きます。
Wikipedia:検証可能性を満たせばWikipediaに記載して良いというのが基本的なルールです。
ただ、その検証先から「書かないでほしい」と言われるのは初めてのことなので、Wikipediaの編集者としてこの編集が正しいかはわからないですが、Sigure77氏の要望通り、ブログから私が知って書いたことは削除いたしましたので、ご確認くださればと思います。
ただ、Wikipediaは誰もが編集出来て、その編集する人の数だけ、ルールの解釈が存在します。
よって、Sigure77様が公開でブログを書いていてそれが検索エンジンでみつかることから、まだどなたかがその内容をここへ記載するかはわからないことに変わりはないことは、お伝えしておきますね。では。--オズワルド会話2023年10月7日 (土) 05:04 (UTC)[返信]
たった今確認しましたが、まいりに木村元のページはなくなりました。私のブログでも正確な日は削除しましたので、出典はどこにも無いということになりますので削除いたしますね。--Sigure77会話2023年10月21日 (土) 08:01 (UTC)[返信]
インターネットには、アーカイブを保管するサイトがあり、まいり - 木村元も保管されており、出典となります。ご了承ください。--オズワルド会話2023年10月22日 (日) 17:46 (UTC)[返信]
あら、困りましたね。お恥ずかしい話。私が死亡日を間違えてブログに掲載したままになっていましたから、まいりの方にメッセージを送り、削除の仕方を教えてもらって削除し、この際ですから正しい日付をブログに書こうかともおもったのですが、又どこかに拾われてしまうのなら某日にしておこうとブログは書き換えて、こちらも削除したのですけれどね。。
実は父が死亡した時、まだ私には連絡が来ていない状態でしたから、いろんな方からの連絡で日付が錯綜していたのですよ。
で、勿論正しい日付は最終的に認識していたのですが、どうも、間違えたまま書き込んでいました。
何せ一周忌の時には18日なんて勘違いしたくらいですから。。(苦笑)
まぁ、それをわざわざ?まぁ、お好きになさってください。--Sigure77会話2023年10月29日 (日) 08:35 (UTC)[返信]