ノート:甲州財閥

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。

小佐野賢治は甲州財閥か[編集]

本記事の立項当初から気になっている問題があります。それは甲州財閥の中核であった若尾家の没落後、つまり大正・昭和戦前期以降戦後の実業家までを甲州財閥に含めて良いものか、という疑問です。甲州財閥はもちろん学術的な概念だけではなく、おそらくは山梨出身の実業家の比喩で使われる事例もあると思うのですが、いちおう学術的には甲州出身で、同郷意識によって緩やかな資本連合を持ち、鉄道、電力など公共事業において中央経済界や政界にも影響力を持ち地元にも貢献している実業家群と定義されまして、大正くらいに中核であった若尾家が没落すると衰退します。小林一三などは、この定義からすれば外れるわけですね。

小佐野賢治など確かに甲州財閥の系譜に位置づけられるのかもと思うのですが、学術的に果たして戦後の実業家までを含めるのかどどうか私には判断がつきません。この疑問は自分で調べようと思ってはいたのですが、近代史・経済史が不得手であることと、他の分野にかかりっきりで今日まで忘れておりました。今年は小林一三の生誕100何周年らしく、あれこれ記事を見ていたら思い出しましたので、ここにメモしておきます。--でここ 2008年9月17日 (水) 16:26 (UTC)[返信]