ノート:福音宣教

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観点タグの意図につき[編集]

ここのところ、観点タグを多用しております事、心苦しく思っておりますが、貼らせて頂きました。

出典が特定の立場(所謂福音派)に偏ったものになっているほか、「大宣教命令」といった所謂福音派に多用される語彙が用いられても居ます。

英語版、ロシア語版を見てみましたが、これらにも中立的観点タグが貼られています。ギリシャ語版については十二使徒についての項目が最初に立てられた書きかけ項目ですね。各言語版で内容が大幅に異なるようです。いずれにしても作成・執筆に困難が伴う記事である事は間違いないようです。

正教ローマカトリック、所謂リベラル、所謂福音派といった多岐に亘る立場からの、多様な出典を用いる事が必要かと存じます。ただしそれほどこの記事に対して、当方が提供出来ますリソースは、申し訳ありませんが多くありません。--Kinno Angel 2010年4月22日 (木) 01:59 (UTC)[返信]

スタブ記事です。日本キリスト教協議会(NCC)の『キリスト教大事典』(教文館)の宣教とケリュグマの項目も確認したのですが、カール・バルトらの新正統主義の見解しかかかれていなくて、参考になりませんでした。NCCの事典のその項目は宣教師でも宣教学者でもないバルト主義者の牧師によるものです。キリスト教の長い宣教の歴史を見てもバルト主義者の見解は決して一般化されうるものではなく、宣教師や宣教学者は宣教についてそのような定義をしません。現状、この項目は世界宣教を強調する福音派の文献が多く出典にされているのは事実なので、他の教派についての加筆の協力者を求めます。ローマ・カトリックはプロテスタントが宣教師を派遣しなかった時代も多く宣教師を派遣していたので、ローマ・カトリックの文献は豊富にあると思いますし、リベラルといわれるグループにおいては、WCCのバンコク会議でも主張された政治的、社会的、経済的解放こそが宣教である、とする見解もあるようです。--Evangelical 2010年4月22日 (木) 10:47 (UTC)[返信]
申し訳ありませんが、スタブ記事であれば出典・内容に偏りがあっても可、と言う事にはなりません。何卒より一層のご配慮をお願いしたく存じます。
記述の態様についても問題があります。
第一に、お気持ちはお察し申し上げますが、イエス・キリストに対してのみ敬語を使うのは、百科事典的ではありません。
第二に、繰り返しますが、出典・捉え方が福音派による歴史観にあまりにも偏っています。「バルト主義者の見解は決して一般化されうるものではない」事は誠に仰る通りと思いますが、バルト主義者の見解が存在する以上、それは当然併記されるべきです。また教文館の『キリスト教大事典』を私もチェックしましたが、むしろ当ウィキペディア記事「福音宣教」には、『キリスト教大事典』からは「伝道」「伝道史」の項目が参考にされるべきでしょう。『キリスト教大事典』では「宣教」「ケリュグマ」は別枠のタームとして扱われています。--Kinno Angel 2010年4月22日 (木) 11:53 (UTC)[返信]
『キリスト教大事典』の伝道と伝道史の項目を確認しましたが、こちらは参考になると思います。履歴を見ればわかりますが、福音宣教のカテゴリーは2008年8月に作ってあったものですが、この記事は作りませんでした。難しい項目であるとわかりきっていたからです。それでも無い方がおかしいといえる項目なので、遅まきながら新規作成しました。--Evangelical 2010年4月23日 (金) 13:44 (UTC)[返信]