大神諸男

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大神諸男(おおがのもろお)は、奈良時代日本の人物。大神比義命(おおがのひぎのみこと)の子孫で宇佐八幡宮御神輿発祥の人物[1]

歴史[編集]

隼人征伐[編集]

養老4年・元正天皇6年(720年)、隼人征伐の際大神比義命(おおがのひぎのみこと)の子孫、宇佐八幡宮の神官、大神諸男八幡神が乗った御神輿に付き添い、禰宜の大神杜女が御杖代、同じく禰宜の辛島波豆米が御杖人となり、大隈・日向へ行幸している。この時の御神輿が国内初の御神輿である。

この時、祝の大神諸男が“我、昔、この薦を御枕として、百王守護の誓いを発した。百王守護とは、凶賊を降伏せしむるという事である”との御神託を大貞の池(三角池の薦神社)でうける。この池のマコモで大神諸男が造った御薦枕が、先の国内初の御神輿に載せた御神体である[2]

脚注[編集]

  1. ^ 小川進一『宇佐神宮と大神氏』(文芸社、2003年)P92~97
  2. ^ 小川進一『宇佐神宮と大神氏』(文芸社、2003年)P92~98

関連項目[編集]

[2]

  1. ^ 小川進一『宇佐神宮と大神氏』(文芸社、2003年)
  2. ^ 八幡信仰(國學院大學日本文化研究所編『神道事典』弘文堂、1999年)P326