糸岡富子
いとおか とみこ 糸岡 富子 | |
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生誕 |
1908年5月23日( 115歳354日) 日本・大阪府大阪市 |
住居 | 日本・兵庫県芦屋市 |
国籍 | 日本 |
著名な実績 |
存命人物のうち日本最高齢 (2023年12月12日 - ) |
糸岡 富子(いとおか とみこ、1908年〈明治41年〉5月23日[1] - )は現在115歳で兵庫県・芦屋市在住の長寿の女性。2023年12月12日以降長寿日本一となっており[2]、世界でもマリア・ブラニャス・モレラに次ぐ2番目の長寿者である。
来歴[編集]
1908年5月23日に大阪府・大阪市で3人兄弟の2番目に生まれる[3]。小学校卒業後、ウヰルミナ女学校(現大阪女学院中高等学校)に進学し、バレーボール部に所属する。女学校を卒業後は20歳前後で結婚して21歳で長女を出産する。そして2人の娘と2人の息子を儲けた[3]。戦時中、韓国で繊維工場を経営していた夫に代わって、一人で日本の事務所を守り、子育てをした[3]。1979年に夫が亡くなった後、夫の故郷である奈良県に約10年間一人暮らしをしていた。その間、奈良県と大阪府にまたがる二上山を登るのが好きだった。また、御嶽山を2回登った。登山靴ではなく普通の靴を履いていたため、ガイドは山に登ったときに驚いていたという。80代の頃、大阪33観音巡礼(33寺院巡礼)にも2回参加し、100歳の時には芦屋神社の長い石段を杖なしで登り、礼拝した。奈良県の薬師寺を何度も訪れ、経を書くのが好きであったという[3]。2019年に特別養護老人ホーム「Les芦屋」に入所。
2022年4月30日、兵庫県最高齢だった当時115歳の匿名の女性が死去し兵庫県最高齢者となり[3]、同年5月21日、114歳の誕生日の2日前にGRGによって年齢が確かなものとして認定された[1]。また、2023年2月6日に岡井ヤスエが死去し、日本人としては、最後の1908年生まれとなっている[1]。
2023年12月12日、巽フサの死去により、115歳203日で日本最高齢となった[2](厚生労働省発表、2023年12月13日)。
脚注[編集]
- ^ a b c “Supercentenarian Data -- Table E”. grg.org. 2022年5月25日閲覧。
- ^ a b “国内最高齢115歳、好物はカルピスとバナナ、趣味は寺社参りの糸岡さん”. 産経新聞. 2023年12月13日閲覧。
- ^ a b c d e Photo Gallery for Supercentenarians born in the year 1908, as of 2022. ジェロントロジー・リサーチ・グループ
関連項目[編集]
記録 | ||
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先代 巽フサ |
存命人物のうち日本最高齢 2023年12月12日 - |
次代 (記録保持者) |