アダム・ドナキー

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アダム・ドナキー
Adam Donachie
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国の旗フロリダ州ウィンターパーク
生年月日 (1984-03-03) 1984年3月3日(40歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
215 lb =約97.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2002年 ドラフト2巡目
(カンザスシティ・ロイヤルズから指名)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
  • ティンバー・クリーク高校
指導歴

アダム・ドナキー (Adam Michael Donachie :アダム・マイケル・ドナキー、1984年3月3日 - ) は、アメリカ合衆国フロリダ州出身のプロ野球選手である。2014年時点では、米独立リーグアトランティックリーグに属するサマーセット・ペイトリオッツに所属[1]。同じく2014年時点では、MLBでプレイした事はない。姓の「Donachie」は、正しくは「ドノッチー」ないし「ドノーチー」 (発音:doh-NOTCH-ee) [2] と読む。

経歴[編集]

2002年6月カンザスシティ・ロイヤルズがドラフト2巡目で指名し[2]ティンバー・クリーク高校 (英語:Timber Creek HS) からプロ入りした。プロ入り後は、マイナーリーグガルフ・コーストリーグ (ルーキー級) に属するGCL・ロイヤルズに配属され早速、試合に出場した。同年は21試合に出場し、打率.206・3打点という打撃成績だった。守備では19試合で捕手守備に就き、無失策・盗塁阻止率25%を記録した。

2003年、前年と同じくルーキー級のアリゾナリーグのチームであるAZL・ロイヤルズに所属。22試合の出場で、打率.250・7打点という成績をマークし、またプロ入り初三塁打を放った。守備面では、捕手としての20試合で2失策を犯したものの、盗塁阻止率を27%まで上げた。

2004年、ランクを上げて (A級) ミッド・ウェストリーグバーリントン・ビーズでプレイした。ビーズでは67試合に出場し、プロ入り初本塁打・初盗塁を記録したが、打率.189と不振に陥った。守備面でも、8失策・守備率.986と成績を落とした。なお、盗塁阻止率は記録されなかった。

前年は成績不振だったが、2005年は2年連続でランクを上げ (A+級) 、カリフォルニアリーグに属するハイデザート・マーベリックスに昇格した。マーベリックスでは102試合に出場し、打率.294・12本塁打・48打点・1盗塁・OPS0.842という成績を記録、打撃が開花したシーズンとなった。また守備面でも、自身初の2ケタ失策 (10失策) を犯したものの、盗塁を38回刺して阻止率52%を記録し、強肩を発揮した。

2006年、前年に引き続きマーベリックスでプレイ。62試合の出場で打率.271・6本塁打・21打点という成績を残し、AA級・テキサスリーグウィチタ・ラングラーズ (当時の球団名) に昇格した。昇格後は、29試合の出場で打率.191・2本塁打・10打点という成績に終わった。2チーム計の成績は、打率.247・8本塁打・31打点という内容だった。守備では、2チーム計91試合の捕手守備で、守備率.990・盗塁阻止率45%という数字をマークし、強肩は健在だった。

2007年は、シーズン開幕前のボルチモア・オリオールズの40人ロースターに入った[3]。しかし、メジャーデビュー出来ずに終わった。マイナーではラングラーズで84試合に出場し、打率.207・9本塁打・35打点という数字で不振がぶり返した。守備では守備率.992を記録した一方、盗塁阻止率は33%まで低下した。

2008年、ラングラーズ改めノースウェストアーカンソー・ナチュラルズで91試合に出場したが、打率.212に終わり打撃不振から脱却出来なかった。守備面では、捕手として90試合で7失策・守備率.989・盗塁阻止率37%という数字を残したほか、プロ初の一塁守備にも就いた。一塁では、8試合で無失策と無難にこなした。

2009年、オリオールズ傘下のチーム・ボーウィー・ベイソックス (イースタンリーグ、AA級) に籍を移した。ベイソックスでは88試合に出場したが、打率.215・5本塁打・33打点という成績に終わり、低打率のままだった。守備では盗塁阻止率39%を記録し、2年連続で数字を上昇させた。また、この年も2試合でファーストを守った。

2010年、ベイソックスで5試合に出場したが、打率.150と極度の打撃不振に陥った。しかし、インターナショナルリーグ (AAA級) のノーフォーク・タイズに昇格を果たした。タイズでは、78試合の出場で打率.201と不振が継続。2チーム計の打率は.197と、遂に打率.200にすら届かない状態に陥った。守備面でもベイソックスで13%、タイズで24%、通算で23%の盗塁阻止率に終わり、攻守両面で不調を呈したシーズンを過ごした。

2011年、A+級のカロライナリーグに降格し、出直しを図る事になった。同リーグではフレデリック・キーズに所属し、22試合に出場。しかし、A+級のチームにもかかわらず.221という低打率に終わり、スランプ状態が続いた。その後、ベイソックス及びタイズに再昇格したが、ベイソックスでは.154・タイズでは.171と大不振を極め、3チーム計の打率は、2年連続で.200未達となる.194に留まった。守備面での不振も継続し、3チーム計26試合の捕手守備で、守備率.988・盗塁阻止率23%という内容だった。

2012年、遂にメジャー組織の球団から見切りをつけられ、米独立リーグのサマーセット・ペイトリオッツに移籍した。ペイトリオッツ初年度は、83試合に出場して打率.257・3本塁打・22打点・1盗塁と、成績が向上した。守備では、ファーストを守る割合が上昇し、64試合で捕手・14試合で一塁手を務めた。なお、捕手としての守備成績は守備率.986・盗塁阻止率32%という内容であり、守備率こそ更に低下したが、3年ぶりに阻止率を30%台に戻した。

2013年、前年に引き続きペイトリオッツでプレイ。82試合の出場で、打率.235・6本塁打・40打点・1盗塁という成績を残した。守備面では、8試合でファーストを守り、2失策・守備率.957を記録。捕手としては、70試合で2失策・守備率.996・盗塁阻止率33%という好成績をマークした。

2014年、ペイトリオッツ移籍後では最小の78試合出場であったが、打率.277・9本塁打・45打点・OPS0.798は、いずれも自己ベスト (ペイトリオッツ) の数字だった。守備では、66試合のキャッチャー守備で2失策・守備率.995と安定していたが、盗塁阻止率は20%まで低下した。

選手としての特徴[編集]

  • 打撃

通算打率.233 ( - 2014年) で、シーズン通算打率.200未満が3度あり、ミート力が低い。選球眼が良く、その良さは、低打率にもかかわらず出塁率が打率より約.100高いシーズンの回数からも見て取れる。

  • 守備

90試合以上でキャッチャーとして出場し、45%以上の盗塁阻止率を2度記録した事から分かるように、肩が強い。通算盗塁阻止率 ( - 2014年) も30%以上ある。

  • 走塁

身長185cmに対し、体重約100kgの巨漢であり、マイナーと独立の13シーズンで僅かに10盗塁しか記録していない。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績 (マイナー・独立) [2][編集]

















































O
P
S
2002 Royals 21 80 68 7 14 3 0 0 17 3 0 0 1 1 9 0 1 12 5 .206 .304 .250 .554
2003 Royals 1, 2 22 84 72 11 18 4 1 0 24 7 0 1 0 0 10 0 2 16 2 .250 .357 .333 .690
2004 Burlington 67 259 228 17 43 7 0 1 53 21 5 2 6 2 21 0 2 41 4 .189 .261 .232 .493
2005 High Desert 95 394 347 64 102 24 0 12 162 48 1 0 2 0 43 0 2 78 8 .294 .375 .467 .842
2006 62 250 210 32 57 12 0 6 87 21 0 1 6 2 31 1 1 46 7 .271 .365 .414 .779
Wichita
Northwest Arkansas
29 114 94 21 18 5 0 2 29 10 0 1 0 1 19 0 0 20 1 .191 .325 .309 .633
'06計 91 364 304 53 75 17 0 8 116 31 0 2 6 3 50 1 1 66 8 .247 .352 .382 .734
2007 84 307 271 34 56 12 0 9 95 35 0 0 3 0 31 0 2 76 9 .207 .293 .351 .643
2008 91 308 264 30 56 8 0 5 79 29 1 1 5 1 37 0 1 71 4 .212 .310 .299 .609
2009 Bowie 88 326 275 25 59 19 0 5 93 33 0 3 0 6 45 0 0 79 6 .215 .319 .338 .657
2010 5 23 20 1 3 1 0 0 4 2 0 0 0 0 3 0 0 6 0 .150 .261 .200 .461
Norfolk 78 289 249 23 50 8 0 4 70 21 0 2 7 5 26 0 2 62 3 .201 .277 .281 .558
'10計 83 312 269 24 53 9 0 4 74 23 0 2 7 5 29 0 2 68 3 .197 .275 .275 .551
2011 Frederick 22 77 68 8 15 3 0 3 27 10 0 0 0 1 8 0 0 20 3 .221 .299 .397 .696
Bowie 7 28 26 2 4 1 0 0 5 3 0 0 1 0 1 0 0 9 2 .154 .185 .192 .377
Norfolk 14 48 35 5 6 1 0 3 16 4 0 1 1 0 12 0 0 12 1 .171 .383 .457 .840
'11計 43 153 129 15 25 5 0 6 48 17 0 1 2 1 21 0 0 41 6 .194 .305 .372 .677
2012 Somerset 83 301 269 27 69 17 0 3 95 22 1 1 4 2 26 2 0 65 - .257 .320 .353 .673
2013 82 291 264 29 62 11 1 6 93 40 1 1 2 1 22 0 2 60 - .235 .298 .352 .650
2014 78 293 242 34 67 6 0 9 100 45 1 2 2 4 44 1 1 61 - .277 .385 .413 .798
通算:13年 928 3472 3002 370 699 142 2 68 1049 354 10 16 40 26 388 4 16 734 *55 .233 .321 .349 .671
  • 2014年度シーズン終了時。
  • 「-」は公式記録なし。
  • 通算成績の「*数字」は、不明年度がある事を示す。
  • Wichita (ウィチタ・ラングラーズ) は、2008年にNorthwest Arkansas (ノースウェストアーカンソー・ナチュラルズ) に球団名を変更。

出典[編集]

  1. ^ Adam Donachie - Atlantic League of Professional Baseball Clubs - player - Pointstreak Sports Technologies (英語) . 2014年12月28日閲覧。
  2. ^ a b c Adam Donachie Minor League Statistics & History - Baseball-Reference.com (英語) . 2014年12月28日閲覧。
  3. ^ 「アメリカン・リーグ東地区 ◆ ボルティモア・オリオールズ」『月刊スラッガー (Slugger)』第108号、日本スポーツ企画出版社、2007年4月、20頁、雑誌 15509-4。 

外部リンク[編集]