天猷寺

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天猷寺
所在地 岐阜県瑞浪市釜戸町1517-1
位置 北緯35度24分26.8秒 東経137度17分48.2秒 / 北緯35.407444度 東経137.296722度 / 35.407444; 137.296722座標: 北緯35度24分26.8秒 東経137度17分48.2秒 / 北緯35.407444度 東経137.296722度 / 35.407444; 137.296722
山号 龍吟山
宗派 臨済宗妙心寺派
本尊 釈迦如来
創建年 元和2年(1616年)
開山 籌屋西堂
開基 馬場昌次
中興年 延宝8年(1680年)
中興 大雲慈徳
別称 椿寺・一木寺
札所等 美濃瑞浪三十三霊場三番
法人番号 7200005008581
天猷寺の位置(岐阜県内)
天猷寺
天猷寺
天猷寺 (岐阜県)
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天猷寺(てんにゅうじ)は、岐阜県瑞浪市釜戸町にある臨済宗妙心寺派(龍泉派)の寺院。山号は龍吟山。美濃瑞浪三十三霊場三番。

歴史[編集]

元和2年(1616年)に旗本釜戸馬場氏の初代の馬場昌次が、父の馬場昌祐の菩提を弔うために、妻木郷の崇禅寺から籌屋西堂を開山として招いて、小庵として開基した。

寺号は昌祐の法名に因んでいる。

籌屋西堂の後は、東海門派である崇禅寺の玄蔵主(南秀玄良)、別山宗悦、巴蔵主(別三祖縁)、団蔵主(秀巌宗坤)が入寺して続いた。

団蔵主は岐阜の瑞龍寺の西堂に移って秀巌宗坤となると、弟子の相秀は、前々住持の南秀玄良を師として加茂郡川辺村禅原寺で修行し、秀蔵主と称した。

延宝8年(1680年)、三代の馬場利尚は天猷寺を現在地に移し、菩提寺として建立し、現在に至る寺基を確立した。

秀蔵主は馬場利尚の信任を得て天猷寺の四世となり中興し大雲慈徳となった。

天和2年(1682年)、馬場利尚の妻は、長男の早世を悼み、高野山より運慶の作といわれる聖観音を迎えて厚く信仰し厄難消除と諸縁吉祥を祈願した。爾来毎年4月18日には、水子地蔵と共に「観音まつり」が行われている。

大雲慈徳は、寺を弟子の統天宜元に譲ると、宿村の温泉のあたりに庵を作り、山水を愛しながら彫刻に精を出した。

享保4年(1719年)に大雲慈徳の作として、弁天像と天神像が天猷寺に祀られている。

享保5年(1720年)、釜戸馬場氏から釜戸村の神徳と論栃の24石7斗3升合を寺領として与えられ、宝珠庵・光春院・潮音寺を系下に置いた。

享保19年(1734年)、本堂を建て替えたが、屏風山の大きく太いケヤキ一本で、本堂の柱を全てまかなったということで、一本寺とも呼ばれる。また昔は境内に多くのツバキがあったことから椿寺とも呼ばれる。

寺の入り口に建つ山門にあたる花の木門は、釜戸町西山に自生する中部地方のみにみられる珍木ハナノキを用いたもので、間口(幅)約4.5メートル、奥行き約3.6メートルの入母屋造り、桟瓦葺きの楼門で、

天保10年(1839年)に、地元の大工である成橋財助が、信州の名工の立川和四郎の技巧を取得するために、乞食に変装して内津の妙見堂へ赴いたところ見破られたが、その熱意に動かされて教えてもらうことができたので、難しい扇垂木の屋根を造った。

昭和31年(1956年)に瑞浪市の文化財に指定された。

三好学博士の『天然記念物解説』(大正15年刊行)には「階上の一部(松材)を除き、柱・鴨居・扉等すべて花の木の材が用いてある。(略)全国無数の寺で花の木の門のある処は恐らく天猷寺だけであらう。」と記されている。

また、釜戸馬場氏10代の馬場克昌が著した詩経物産図譜や、馬場氏書簡・馬場氏系図・馬場利尚画像などの品を多く所蔵している。

釜戸馬場氏歴代当主や天猷寺歴代住持が用いた駕籠も釜戸馬場氏所縁の品として所蔵しており、これらも瑞浪市の文化財となっている。

詩経物産図譜の一部は現在、国立博物館にある。信州高遠の名工の貞治が作った延命地蔵も祀っている。

また、釜戸馬場氏2代から9代当主の墓(釜戸馬場氏の墓)があり、瑞浪市の史跡に指定されている。

文化財ではないが、島原の乱に従軍した長崎代官馬場利重が多くのキリシタンを手にかけたと伝わる槍(呪いの血槍)を所蔵している。

伝説ではこの槍を蔵から出すと不幸が起きたため、蔵の奥に仕舞われて表に出されることはなくなったと伝わる。

また、寺の東には、当寺の山号に因んだ龍吟の滝がある。

末寺[編集]

関連リンク[編集]

参考文献[編集]

  • 『瑞浪市史』 第六編 第五章 文化と信仰(文化宗教史) 第二節 寺社と信仰 二 市内の近世寺院 臨済宗妙心寺派竜泉門派 龍吟山 天猷寺 p1025~p1026 瑞浪市 昭和49年(1974年)
  • 『岐阜県百寺』 天猷寺 p184~p185 郷土出版社 1987年
  • 天猷寺ものがたり

脚注[編集]