銀の弾丸

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銀の弾丸(ぎんのだんがん、: silver bullet)とは、で作られた弾丸で、今日、世界的には主として本来は不死身であるはずの狼男に銀の弾丸であれば通用するとの形でこのファンタジーが流布している。グリム童話の説話の一つである『二人兄弟』の中で通常の鉛の銃弾が効かなかった魔女に対しその魔法を斥け効き目があるものとして現れる[1]。ガイ・エンドアの小説『パリの狼男』(1933年)では銀の十字架を鋳つぶして作った銃弾がむしろ十字架の霊験として狼男に効果があったような形で描かれていた[2]。しかし現在の狼男のイメージはハリウッド映画等によって主に形成されていて[3]、その影響が大きいとも考えられる。

概要[編集]

銀には高い殺菌作用があるほか、ヒ素化合物のひとつである硫化ヒ素と反応して黒変する性質があるため、古くから害をもたらす毒や未知の存在へ対抗する手段としてしばしば考えられてきた[3][注釈 1]。こうした背景から、通常の弾丸では通用しない狼男魔女なども銀の弾丸なら効果があるというイメージが生まれ、伝説やフィクションの世界で多用される存在となったと考えられる[注釈 2]。日本では藤子不二雄(当時)の漫画『怪物くん』で狼男ではなく吸血鬼であるドラキュラがこれで倒される形で描かれている。

比喩表現としての銀の弾丸[編集]

転じて、通常の手段では対処が厄介な対象を、たった一撃で葬るもの、という比喩表現として用いられる場合が多い。例えば、ある事象に対する対処の決め手や特効薬、あるいはスポーツで相手チームのエース選手を封じ込める選手などを表現する場合に用いられる。また、ソフトウェア工学では、OS/360の開発で苦闘したフレデリック・ブルックスが、『人月の神話』(1975年刊)において「『どんな場合であれ通用する』ような、『万能な解決策』は存在しない」というたとえとして「銀の弾などない」と述べた例がよく引き合いに出され、しばしばある種の企業の広告などに見られるそのような主張に対して言われる言葉になっている。

似たような意味で使われる語句としては、以下のものがある。

  • 王の道
  • 魔法の弾丸
  • ゴールデンハンマー(マズローのハンマー、道具の法則) - 一つの目的に作られた物を複数の用途に使用する行為についての、確証バイアスのこと。心理学者のアブラハム・マズローが、「興味深いことに、金槌しか道具を持っていない人は、何もかも釘であるかのように取り扱う」と言ったことから。マズローより昔から、バーミンガムスクリュードライバーは金槌の意味で使われている。
  • 特効薬

文字通りの銀の弾丸[編集]

現実における銀は弾丸として用いるには高価な金属であるため、宗教的・象徴的な存在としてのみ用いられる。銃規制の比較的緩い国で銀の弾丸が製造される例が無いわけではないが、お守りや玩具に近い存在である。銀の弾丸を使用したとしても、銀の比重 (10.49) はの比重 (11.36) よりも軽いため、一般的な鉛の弾丸と比べて優れた殺傷力が得られるわけではない。弾丸の比重が軽いと銃口初速が増すため、命中率の向上などの効果をもたらす可能性はあるが、銀より比重の軽い金属は数多く存在する(鋼鉄は7.87、真鍮は8.45など)ため、比重の軽さを目的にあえて高価な銀を使用する理由はない。

民間伝承[編集]

一部の歴史家は、この伝承はジェヴォーダンの獣を倒したジャン・シャストルの物語に起因するというが誤りで、彼らの主張の根拠は人類学者アンリ・プーラ英語版の創作である『Histoire fidèle de la bête en Gévaudan』(1946年刊)に由来している[5]

  • グリム童話『二人兄弟』 - 兄は当初鉛の通常弾で魔女を木から撃ち落とそうとするが果たせず、服の銀ボタンを3つちぎり取って装填し、今度は魔女を転落させることに成功する。
  • ブルガリアのハイドゥク ヴォイヴォダ(対トルコ・レジスタンスの指導者)であるDelyo英語版は、あらゆる武器を受け付けず、銀の弾が使用された[6]

フィクション[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 特に中世ヨーロッパでは食物へのヒ素混入による毒殺を防ぐため、王侯貴族の間で銀製の食器を使用することが流行した[4]
  2. ^ ウルフェン』、『マトリックス・リローデッド』、『怪奇ミステリー』、『二人兄弟』など。

出典[編集]

  1. ^ 二人兄弟 - グリム兄弟”. Grimmstories.com. 2024年5月11日閲覧。
  2. ^ ガイ・エンドア/原作『狼男の怪』 10巻、朝日ソノラマ〈少年少女世界恐怖小説〉、1973年1月、42頁。 
  3. ^ a b 田中芳樹、赤城毅『中欧怪奇紀行』中央公論社、2000年11月10日、49-50頁。 
  4. ^ 「薬剤師への道標」 (第2回)”. アスカ薬局. 2022年10月8日閲覧。
  5. ^ Baud'huin, Benoît; Bonet, Alain (1995). Gévaudan: petites histoires de la grande bête. Ex Aequo Éditions. p. 193. ISBN 978-2-37873-070-3 
  6. ^ Стойкова, Стефана. “Дельо хайдутин” (Bulgarian). Българска народна поезия и проза в седем тома.. Т. III. Хайдушки и исторически песни. Варна: ЕИ "LiterNet". ISBN 978-9-54304-232-6. http://liternet.bg/folklor/sbornici/bnpp/haidushki/58.htm 

参考文献[編集]