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Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/ライネ (ミュンスターラント) 20190812

ライネ (ミュンスターラント) - ノート[編集]

選考終了日時:2019年8月25日 (日) 16:19 (UTC)

  • (自動推薦)2019年7月度の月間新記事賞受賞記事。--totti会話2019年8月11日 (日) 16:19 (UTC)[返信]
  • 反対 大作です。歴史節の読み応えは半端ないです。半分ぐらい読んでもまだ13世紀とか。すごい。ヴンダバー!しかしGAとしては出典が不足過ぎです。「歴史」節など、支節まるごと出典がない、というのがたくさんあります。翻訳記事で、翻訳元のドイツ語版もGAのではないので、解消は容易ならぬことだろうと思いますが・・・。
  • 出典の話からみれば瑣末なことですが、たまたま気づいたことを何点か。
  • アインハルトを「歴史記者」としているのですが、さすがに8-9世紀の人物なので「歴史家」とか「年代記作家」とか、そんな感じでは。「メルヒオール・レッヒェル」とかも同じ。
  • 「他方では自然で無秩序な川の性質の不確実性に依存することを受け容れる必要があった。つまり、洪水が木製の水車の堰を定期的に破壊したのであった。」これは翻訳元の文章がこうなっているのでしょうけれど、結局前半は無くてもいいような。
  • 「マルク伯エンゲルベルトは、ルートヴィヒの逮捕を理由に教皇が破門を宣言する直前になってやっとこれを回避した。」はわかりにくいと思いました。ミュンスター司教ルートヴィヒ2世とマルク伯がフェーデして、ライネを争い、マルク伯がミュンスター司教を捕縛したことでミュンスター司教の計画が頓挫したけども、教皇(だれ教皇なのか名前がほしい)がミュンスター司教を捕縛したマルク伯を破門しようとしたので、マルク伯はあきらめた。ということですよね?
  • 「大きな損害を受けた場所はない: ヴァルラフ司教時代」とあるのですが、日本語の文章としては「:」は使わない方が。
  • ドイツやフランスの歴史記事ではいつも同じなのですが、どの言語で書くんだ的なところがありますよね。「ヴィラ・レニ」「Hreni」「pagus Rene」「ライネ(Rheine)」とか。ドイツ語版の「Villa Reni」(ラテン語?)をどうカタカナ(でいのか?)にするのか、ヴィラen:Villaは「邸宅」を全面に出しているし、むつかしいですね。「ウィッラ・レニ」「レニ荘」?
  • 「-dorf」や「-heim」の説明があるので、「Reni/Hreni/Rene/Rheine」の語源的なものも知りたいなと思いました。
  • きりがないのでやめますが、翻訳元にも出典がないと、修正も難しいでしょうし、GAとしてはちょっと厳しいと思います。--柒月例祭会話2019年8月14日 (水) 07:48 (UTC)[返信]
訳者です。長い記事を丁寧に読んでいただきありがとうございます。訳者も作業をしながら「どこまで続くねん?」と何度も思いました。出典少ないです。ドイツ語版との考え方の違いかもしれません。月間新記事賞に選んでいただいておきながら不遜な言い方ですが「よりによってこの記事か、まいったなぁ」というのが偽らざる本音です。「良質な記事」はないと思いますが、翻訳しているときに参考にしていたサイトをrefとして追記しました。
「歴史記者」としたのは「福音書記者」と同じように、記述した人という程度の意味です。むしろこの時代に「歴史家」と呼んでしまう方がちょっと無理があるかと思い。この語を選択しました。
洪水については、川から多くの恩恵を受けていたものの、一方では不利益も甘受しなければならなかったという点を強調するための記述だと判断し、そのまま残しました。
マルク伯エンゲルベルトについては、確かに判りにくいと思われましたので記述を修正しました。
「:」は引用文の中なので残していたのですが、句点に変更しました。
どの言語で書くのか、固有名詞(特に団体名とか歴史的な用語)をどこまで訳すのかは、常に悩むところです。
「Reni/Hreni/Rene/Rheine」の語源はいくつか調べてみたのですが、判りませんでした。申し訳ありません。
他にも気になる点がおありでしたら、記事のノートページででも指摘していただけるとありがたいです。出典はともかく、より良い記事にしたいと思います。--汲平会話2019年8月15日 (木) 01:57 (UTC)[返信]
  • コメント 翻訳にかかわる話はこうすべきという明確な見解はないのでコメントにとどめます。大作ですが、都市を主題とする地理記事ということを考えると、記事の規模に対して§歴史が巨大すぎてバランスを欠いており、調整ないしは§歴史を別記事に分割した上で要約を本記事内に残すといった整理が必要であると感じます。また、中世以前の歴史が詳細に述べられているのに対し、17世紀以降は「その後の都市史概略」という形で年表化していて、作りかけの感は否めません。特に現代の都市の記事という点を考えれば、むしろ§歴史で重きを置くべきは近代以降の話であろうとも思います。
逆に§気候などはさすがに簡潔に過ぎます。
なお、上で話題になっているアインハルトの件ですが、本記事原文でどのように表記されているのか確認していませんが、「歴史家」「歴史記者」といった肩書に特にこだわらず「フランク王国の歴史を記したアインハルトは~」「当時の描写として信頼をおかれているアインハルトの記述では~」というような感じの説明で良いと思います。アインハルトに限らず、当時の西ヨーロッパの歴史の記録者は、修道院またはその関連施設で教育を受け、青年期から壮年期にかけては自らも政治・軍事に関わり、大抵はキリスト教会の関係者でもあって、これらの経験と人脈を利用して文筆業も行った、といったケースが多くを占めます。つまり特に職業としての文筆業というものが成立していた時代でもないので、こうしたタイトルというかラベルをどうするか、というのを深く考えてもあまり意味はないと思います。--TEN会話2019年8月15日 (木) 16:35 (UTC)[返信]
(汲平さんへ)対応を感謝します。どうであれ、手のかかった記事に対して積極的に「反対」票を投じに行くのは申し訳ない気持ちが伴います。すみません。
(TENさんへ)アインハルトの表記の仕方はおっしゃるとおりと思います。--柒月例祭会話2019年8月17日 (土) 10:02 (UTC)[返信]
  • 反対 圧倒される内容ですが、やはり出典不足は「良質な記事」として致命的なレベルです。また、TENさんのコメントにもありますように歴史節は別記事にしてもよいかと思います。--Loasa会話2019年8月17日 (土) 11:58 (UTC)[返信]

選考終了時点で反対2票のため、今回は見送りとなります。--Tam0031会話2019年8月27日 (火) 14:10 (UTC)[返信]